尖閣諸島問題の幕引きは? フォークランドから学ぶ

 昨年7月に帰国して以来、最も大きなインパクトがあったニュースの一つは、尖閣諸島のいわゆる「国有化」に反応して中国政府が連日領海を侵犯し、ついには飛行機まで上空を飛ばして来るようになったことでした。こういう国際的な衝突は、冷戦期にはともかく日本にはしばらく無縁な感覚でいたので、遂にこういう時代になったんだなあ、というのが第一印象でした。

 尖閣諸島で言えば、自分が留学中の2010年にも、海保の巡視船にぶつかってきた中国漁船の船長が逮捕されて、そのまま送還された事件がありましたが、そのときに大学の友人(アラブ人)から言われたのは、「そんな弱腰な反応をして良いのか、日本政府はそれで国民に納得してもらえるのか?」ということでした。まさにそのような事件の積み重ねを通じて、日本の国民感情もいよいよ我慢に限界に達しつつあったところで、今回の一連の流れですから、それは安倍さんが従来の政府対応より強硬な立場を打ち出しても選挙で一定以上の支持を得ることができたのも、自然に感じられるものです。

尖閣諸島中国漁船衝突事件 - Wikipedia

 もちろんそのナショナリスティックな反応の裏には、国内社会・経済の閉塞感が国民感情に及ぼす影響、またはそれを活用して国民の目を何かからそらそうとする方々の意図、なんかもあるかもしれませんが、こういうのはいわゆる陰謀論のように直線的なロジックで動いているのではなく、原因と結果が相互に影響し合い、数多くの偶然・意図せざる効果が重なってもたらされるものだと思います。ですから、結果として社会全体がその方向に進んでいるという事実そのものをまずはしっかりと受け止めて行く事が重要だと思います。

        • -

 さて、これからどうなっていくのかということには、一国民としてとても興味があるところですが、一番怖いのは戦争になって、しかもそれが泥沼に陥って長引いてしまう事ですよね。もし中国の挑発がエスカレートして一戦交える事になったとしても、日本としては中国の軍拡方針に一発牽制を入れる意味も合わせて、短期間で勝利してさっさと事態を幕引きさせることが望ましいでしょう。しかしよく言われるのは「戦争は終わらせるのが一番難しい」ということです。規模は異なりますが、大東亜戦争の際にもその終戦工作がとても大変で、多くの人が知恵と勇気を振り絞ったということが、例えば下にある「聖断」という本には生々しく描かれています。

聖断 昭和天皇と鈴木貫太郎 (PHP文庫)

聖断 昭和天皇と鈴木貫太郎 (PHP文庫)

 戦争を終わらせるには、外交、内政、軍事の高度な連携と、なによりその大方針を示して推し進める強力なリーダーが必要です。かたや戦争を始めるには、誰かが暴走して一発撃ち込めばいいわけですから、なんとも簡単な事です…

 その中で近年の戦争で参考になるかもと個人的に思ったのが、イギリスとアルゼンチンの間で行われたフォークランド紛争です。

フォークランド紛争 - Wikipedia

 1982年にイギリス本土から遠く離れたフォークランド諸島で行われたこの戦争では、イギリス海軍に大規模な被害が生じたものの、最終的にイギリス陸軍がフォークランドを再占領することに成功しました。アルゼンチン側は航空部隊を中心に大きな戦果を挙げつつもフォークランドの再占領を許し、奪還することができませんでした。その結果としてアルゼンチンの軍事政権指導者であるガルチェリが失脚、その後イギリス側が停戦宣言を出し、戦争は終結しました。

 この戦争は、小さな島を巡る領有権の争いであること、海軍・空軍力が中心で双方とも近代化された兵器体系を有していたことなど、尖閣諸島との類似点が多く存在します。もちろん領有権の争いに至るまでの経緯には違いも多くあり、国際法的には尖閣諸島に対する日本の領有根拠よりフォークランドに対するイギリスの領有根拠の方が弱いという説もあるようですが、いずれにせよ参考になる事例だと思います。例えば下記のリンク先ではフォークランド紛争が領有権争いから本格的な戦争に至った経緯が説明されています。

新連載・リアリズムと防衛を学ぶ:フォークランド紛争に学ぶ、領土問題 (1/3) - ITmedia ビジネスオンライン

他にも戦争の発端については多くの名著が出されています、例えば第一次世界大戦なら「八月の砲声」という本がとても有名ですね。

八月の砲声 上 (ちくま学芸文庫)

八月の砲声 上 (ちくま学芸文庫)

 しかし、今回の記事で考えたいのは、このフォークランド紛争がどのように幕引きされたかということです。確かに尖閣諸島が紛争まで拡大するとしても、日本の自衛隊の能力からすればそう簡単に中国海軍に負けるとは思えませんし、米軍の支援もある程度は得られるはずですから、ある程度の大きさの戦線であれば、そんなに心配は無いように思います。しかしメンツの国である中国が、尖閣諸島での局地戦に敗れてそうすんなりと引き下がるでしょうか。もしかしたら拡大を図り、沖縄全体、あるいは他の地域も含めた全面戦争に持ち込もうとするかもしれません。ですので、現段階では戦争を避けるために知恵を絞るのが最優先ですが、起こってからの戦い方、さらには局地戦の範囲で終わらせる方法について考えておくことを忘れてはいけないと思うのです。

        • -

 といっても自分はフォークランド紛争に全然詳しくないですので(苦笑)、上にあるWikipediaの情報を下に考えていくことにします。

 直接的な戦争終結の理由は、イギリス陸軍の戦力と比較して、アルゼンチン軍がこれ以上戦ってもフォークランドの再々占領をすることができないと考えたからでしょう。ただそれが軍事的な側面だけかどうかは難しいところです。つまり、大東亜戦争における日本の様に、状況が絶望的になっても戦争を継続するという選択肢は、常に国家の中に存在する訳です。例えば戦争継続のために必要な海軍は、アルゼンチン軍にはまだある程度残っていたようですし、なにより本国がイギリスよりも近くにありますから、人を送り込むことだけならまだ可能だったはずです(奪還できるかの計算は別として)。
 
 それをふまえれば、間接的な理由として、国際社会による様々な形の圧力と、アルゼンチンにおける指導者の失脚も考慮すべきだと思えます。国際社会による経済的な圧力や、アメリカやチリによる軍事的協力がアルゼンチンを経済的・外向的に追い詰めていたことが、これ以上の戦争継続を諦めさせる要素になっていたことが考えられます。また、それまで戦争を主導してきた指導者が権力を失ったことで、戦争を継続するための国家体制を維持することもとても難しくなったものと考えられます。

        • -

 この事を中国に当てはめて考えてみましょう。まずは国際社会による圧力です。現在中国は世界経済の原動力として、各国にとっての大口輸出先であるとともに、世界の工場としての役割もまだまだ果たしています。また日本と並んで最大の米国債の買い手であり、ユーロ危機に際しても様々な手段で支援を行っています。このような中国に対し国際的に経済制裁をかけるということは、極めて難しいと言わざるを得ません。しかし逆に日本が経済制裁を受ける可能性は、これはほぼ無いといっていいでしょう。ただし中国は国際社会に対し大規模な世論工作として、新聞や雑誌への投稿、インターネットでの情報発信、各国政府への働きかけを重点的に行っていますから、油断することなく日本もやり返すぐらいの意気込みで対策を実施することが、短期的には(戦争を避けるためにも)必要でしょう。

 次いで中国の指導体制が揺らぐ可能性ですが、こればかりは何とも言えませんね…。もし戦況が中国に不利になったとして、可能性は複数あるでしょう。例えば、①日本にも勝てないような中国共産党には用は無い、として内乱が起きる(起きないとしても不安定になる)、②日本にだけは負けたくないと中国国民が団結し、更なる泥沼の戦争に足を踏み入れる、というようなまるで逆の反応も想像できます。

 逆に体勢が揺らぐ可能性は、民主主義国である日本の方が高いとも言えるかもしれません。たとえ戦力的に優勢であったとしても、これまで不戦国家であった日本ですから、数名の犠牲者が出るだけで世論の支持が失われるかもしれませんし、選挙やスキャンダルの影響で戦争の最中にも政権基盤が揺らぐかもしれません。その辺りには、中国からの工作も陰に陽に行われることでしょう。

 そう考えると、中国側には、戦争に負けてもメリットがあるシナリオが成立しうると言えるかもしれません。戦争を実施することで日本側の政権を弱体化し、世論を分断する(さらには日米関係にも揺さぶりをかける)。さらには日本に対し勝てなくても程度善戦することで、日本に帝国主義的国家とのレッテル貼りをした上で国際社会に訴えかけ、国内的には更なる反日思想をあおりつつ、捲土重来を期すとして更なる軍拡へ進む、というシナリオです。もちろん日本側にも(中国側が全面戦争に向かわないほどに)完全勝利を果たして、中国の軍拡を牽制し、中国国内を動揺させるというシナリオがありますが、負けた際にもメリットがあるシナリオは、こちらが尖閣諸島を実効支配していることもあり、なかなか思いつきません…

        • -

 結局、今回は幕引きについて考えてみましたが、それはいろんな意味でとても難しい道ということが分かっただけかもしれません(苦笑)でも難しい事ではありますが、日本の指導者や政府には、最悪の状況に至った場合の幕引きについても、頭の体操を進めておいて欲しいと願っています。自分としても状況を見守りつつ、尖閣の事はまた書いていきます。

 もちろん本当は、このような近くにある大国同士、仲良くできるが一番だと思うのですが…日本側の多くの人たちはそう思っているでしょうし、その気持ちが中国政府の心ある人に伝わることを祈るばかりです。